子どもが不登校でつらい状況。親は「学校=絶対」のプレッシャーを与えないことが大事
保護者さまが「学校は絶対である」という考えを強く持っていると、お子さまは「自分は普通じゃない=ダメなやつだ」というように悩み、さらに不登校の悪化することがあります。
状況改善で大事なことは「たとえ学校に行けなくても、将来への進路(選択肢)はたくさんあるから、そんなに深刻にならなくても大丈夫」という事実を保護者さまがお子さまへ正しく伝えることです。
以下、詳しく紹介させて頂きます。
もくじ
学校の強要は子どもにとってプレッシャー
保護者さまが「学校=日本人の常識(絶対的な普通)」といった考えを持っていると、不登校のお子さまはとても苦しい思いをすることが多いです。なぜなら、
・自分は親の期待に応えられない人間だ
・自分は絶対的な普通から外れた人間だ
・自分は普通のレールから外れたダメなやつだ
・自分は普通のことができないから将来もダメだ
etc...
このように、「学校=常識」の情報をもとに、次々とマイナス思考をしてしまい、自分自身の可能性を閉ざしてしまうためです。
保護者さまが、「学校には楽しいことも大変なこともあるよね……」と思って話しかけるのと、「学校は基本、楽しいことばかりだし、友達とも遊びたいでしょ!? どうして学校行かないの!?」といった態度で接するのでは、お子さまにかかるプレッシャーはずいぶんと変わります。
「学校の強要」は、不登校の状況を改善していこうとする時、なかなかの足枷となっていきますので、できるだけ控えて頂ければと思います。
学校は『一種の特殊な環境』と認識する
保護者さまの多くは、昔、学校に通った思い出を振り返って「色々あったけど、やっぱり学校は楽しいし良いところだから行くべき」と思うかもしれません。
しかし、それは長い年月を経て大人になった今だからこその想いであり、ここではいったん、あらためて冷静に思い出してみてほしいことがあります。それは、
「学校って、じつはかなり特殊な場所ではありませんでしたか?」
ということです。
学校は「市民社会・法治社会」のルールから外れた世界
学校が特殊な環境だという例として、「ケンカ」があります。
たとえば、小学校、中学校では、生徒同士が殴り合ってのケンカは珍しくありません。しかし、これがもし、街中での殴り合うケンカなら、当然、大騒ぎになりますし、通報すれば警察はただちに介入します。怪我の具合によっては、民事訴訟、刑事罰もありえますし、会社員の方であれば解雇もありえます。
このように、学校という環境は「市民社会の中では許されない暴力が普通に存在しうる」という特徴があります。(これは生徒に限らず、体罰やスクールセクハラなどの犯罪じみた行為をする顧問・教師側でも同じ問題があります。)
もちろん、「大人のケンカと子どものケンカは違う」という意見もありますが、しかし、いくら子どものケンカとはいえ、これはきちんとルールのあるスポーツや格闘技とは違います。時には逆上のあまり、椅子でガラスを割ったり、刃物を持ち出すこともありますし、相手に大きい怪我をさせるケースもありえます。しかし、そのような大事件があっても、学校という環境には、警察はほぼ介入しませんし、司法も動きません。民事訴訟をする人もほとんどおらず、すべてが当事者の話し合いのみで、内々に処理されることがほとんどなのです。
学校のクラスは「何の共通項もない子」が集まる独特の環境
学校における、もうひとつの特徴が、「クラス」という特殊な環境です。
通常、社会において部署や職場というものは、そこに志願して採用された人たちが集まるものですし、趣味や習い事、サークルや部活であれば、その活動を志願する人たちの集まりです。ある程度、共通の話題もあったりして、わりと打ち解けやすい環境にあります。
しかし、学校のクラスというものは、なにかの共通項で集められたわけではない、趣味も嗜好もバラバラな子どもたちが集められて、先生たちの采配でクラス分けがされます。そして、「クラスで一丸になってまとまること」をスローガンのようにして教育されていきますが、しかし、もしも自分と同じ趣味だったり、似たような考え方をしている人が一人もいなければ、その生徒にとっては、かなり辛い環境となります。
この時、保護者さまにはもう一度振り返ってみて欲しいのですが、学生時代、クラスメイト全員が本当に「学校楽しい!」と言って、通学し、仲良くしていたでしょうか。中には必ず、変わった考え方をしている子や、マイナーな趣味を持っている子、また、学校にあんまり馴染んでいない子もいたのではないでしょうか。他にも、同窓会では必ず全員が集まるわけではなく、仲の良いグループで小さくやったり、いくつかの派閥に別れていたり……学年のクラスごとにそれぞれ異なった人間関係・色んな事情などがあったのではないかと思います。
文科省も「学校の登校=絶対」とは言っていない
どうしても「学校は絶対だろう!」と強く思っている方は、ぜひ文科省のHPも見て欲しいと思います。
文科省は、不登校になった児童を支援する際、下記の視点を持つことが大事だと記しています。
不登校児童生徒への支援は,「学校に登校する」という結果のみを目標にするのではなく,児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて,社会的に自立することを目指す必要があること。
(原文より引用)
これは書いてある通りの意味ですが、不登校の改善においては、「学校の登校」にこだわらず、本人が自分自身の進路についてきちんと考えて、そして、その生徒が社会的に自立できるように目指していく必要がある、と記載しているのです。
▼原文:不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1375981.htm
小・中学校に行けなくなっても進路はたくさんある
たとえ小中学校で不登校になったとしても、進路には色んな選択肢があります。
もし高校を卒業できなくても、その後、高卒認定試験を受けて、そこから大学受験を目指す道もありますし、お子さまによっては、得意なことがあれば、専門学校に入って、そのまま就職を目指す道もあります。
繰り返しになりますが、「絶対に学校へ行かなければいけない」ということはないのです。
まとめ
不登校・学校に行けない=将来がダメになる、ということはありませんので、保護者さまにおいては、あまり学校に固執し過ぎず、色んな進路があり、色んな選択肢があるということを知っておいて頂ければと思います。
大事なことは、将来、お子さまが大人になった時、どうあって欲しいかを考えて、そこから逆算していって、進路を決めていくことです。就職や大学進学が目的なのであれば、必ずしも、学校へ絶対に行かないといけないわけではありません。
そして「今は学校に行けない状況だけど、この中で、将来の就職や大学進学のために努力できることを探して取り組んでいこう」と、前向きに柔軟な行動をしていくことが何よりも優先すべきことです。お子さまの資質・性格を見つつ、これからどのように状況を改善していくか、親子で一緒に話し合っていってもらえればと思います。